二隻のボートのようなドラマ「カルテット」
ドラマ「カルテット」6話にミュージカルエリザベートを感じました。
あらすじ説明できる自信が無いので割愛します。
カルテット6話では松たか子演じる妻である巻真紀とクドカン演じる夫のすれ違いがメインの回でした。
見返すほど最初からすれ違っている2人にエリザベートとフランツを重ねずにはいられませんでした。2隻のボートのような私たちですよ。
「家族を手に入れた」「家族じゃなくて恋人みたいに」
「飾らなくていいような気がした」「ドキドキしていたい」
大きな問題ではないけれど微妙にすれ違っていくふたり。
シシィとフランツも
「自由は私がつかめる」「皇帝に自由などない」
「義務を押し付けられたら出ていく」「務めをはたしてほしい」
と微妙に?すれ違っていきますよね。
そのすれ違いが積み重なってついに、夫さんは妻の巻さんから逃げ出してしまいます。失踪してしまいました。きっかけは巻さんにあげた自分のお気に入りの詩集を鍋敷きにされたからです。
シシィもフランツとのすれ違いが積み重なり、フランツの浮気もあって放浪の旅に出ますよね。
似ているわけではないんですが、どうしてもエリザベートを感じてしまいます。
夫さんを演じているクドカンのセリフに
「好きなものを見て隣を見たら彼女も同じように感じているなんて、、」とゆうセリフがあります。
シシィもクドカン演じる夫さんもパートナーと一緒に " 自分の " 好きなものを共有したかったんじゃないのかなぁと思います。
いつまでも恋人のように新鮮な気持ちで関係を築いていきたかったのかなぁ、
夫婦の形は時代によって変化するものだと私は考えています。
エリザベートの時代と現代では何もかも違います。
しかし、いつの時代もすれ違いで夫婦は崩壊する可能性があるのではないのかと今回のドラマを見て思いました。
気質の問題など様々あるのかもしれませんが、十分に話し合って相手の理解を深めていくことが大切なのかもしれません。
点と点がくっついたり離れたりすることでしだいに点どうしが重なることが多くなっていくのかもしれませんね。
近づくけれどもすれ違うのではなく、重なり合う努力をしていかなければならないと思います。
愛にも癒せないものができる前に